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3・4限 基礎化学実験
今日は「鉄の定量」がテーマだったのですが、面白かったなあ。
原理としては、鉄イオンはある一定の波長の光を吸収することを利用して、光の吸収の度合いを測定して、温泉水中に含まれる鉄の量を決定する、というものです。
まあ、今は便利な時代なので、指定された濃度の溶液の調製さえすれば、あとはそれを機械に入れれば、機械が勝手にだいたいやってくれるんですけれども。
何が面白いって、まあこの実験は濃度が重要なので、色々2ml量りとったり中和滴定せねばならんのですけれども、その量る作業が面白いですね。ガラス器具の共洗いとかするんですよ。高校で習ったやつ。
なんかそういう七めんどくさい作業によって、少しでも精度を上げようとする試みってのが面白いです。


このような試みの何が面白いかというと、「この作業をきちんとやることで精度が向上するんだ」という知的な喜びと、めんどくさい作業を強制させられるマゾヒスティックな喜びの結合がある、という点がひとつ。
もうひとつは、実験のそのような精度を上げるための諸注意点が、案外小技的だというところですね。小技的なんだけど、ちゃんと理由もあるという。
案外小技的だ、というのは、例えば、

  • 「濃硝酸は1滴ずつ加えるよう注意する。決して同時に2滴以上加えてはいけない」だとか、
  • メスフラスコの標線まで液体を加える際に、実際には、メスフラスコは純水などで洗ったりして、標線の上の方に水滴がついてたりするので、これも液体に加えるために、メスフラスコにふたをして、「一度逆さにする」だとか、
  • あと、「共洗い」という作業だとか、
  • メスフラスコの標線に水面を合わせる作業の際には「メニスカスを標線にあわせなければいけない」だとか、
  • 滴定する際に、滴定終了付近になってくると、ビュレットから滴る液体が、「1滴」だと大きすぎて誤差が生じる場合があるので、「液滴が完全に大きく成長しないうちに、ビーカーの壁に触れさせて液を移し取る作業」だとか、
  • 「よくかき混ぜる」だとか

そういった諸々ですね。
なんというか、これらの作業は、実験者の匙加減ひとつで大きく左右されるような、至極微妙なる作業なわけで、そういう細かい部分が実験の重要な部分を決めてるというのが面白いなと。
要するに、実験者の腕ってのが結構重要になるんだなあ、と。まあ当たり前の話かもしれませんけれども。
また、こういった小技も、ひとつひとつ、そうする理由が、しかも科学的なちゃんとした理由がついてるのが面白いです。
今上で挙げたのは主に体積を正確に量るための注意点ですけれども、1番上の濃硝酸は1滴ずつ加えるっていうのは、濃硫酸が含まれているためで、一度に大量に加えてしまうと熱が大量に発生してしまって、せっかく冷やしてニトロ化してるのにだめになっちゃうから、ということなんですね(私の理解によれば)。


あと、エーテル中に存在する安息香酸を抽出するために、水酸化ナトリウム水溶液を加えて水層とエーテル層に分離させ、この水層を分液ろうとを用いて流出させる、という手順があったのですが、この手順、2回行うことになっているんですね。
で、ある事情によって、僕は1回しかこの操作を行わなかったのですが、結果の収率も悪く、あとで指導教員に質問したところ、やはり2回やらないとダメだったのですね。なぜだったかといえば、例えば、1回この操作を行ったとして、エーテル中の10パーセントの安息香酸が、水層に移らずに残ったとしようと。
これでは収率が悪くなってしまうけれども、しかし、再び同じ操作をすれば、また10パーセントが残ると仮定しても、今度は残るのは、10パーセントの10パーセントで、1パーセントになると。
というわけで、回数を重ねることで、精度を飛躍的に上げることができるから、複数回操作を行うのだと、そういう話でした。
これには感心しました。
もちろん、2回目行ったとき、再び10パーセントが残るかどうかはわかりませんけれども、その割合はともかくとして、回数に対して指数関数的に精度は増えるだろう、というのは確かに確からしいですよね。
いやもちろん、10回やったら精度のオーダー10桁あがるのか、ってそんなことはないでしょうけれども、数回だったら、確かにある程度指数的に増えそう、というのはかなり確からしいと思います(なんかここ曖昧な言い方になってるのは、もしかしたら単に僕の知識不足のせいかもしれません)。
1回の操作じゃ怪しいけど、2回もやれば、十分誤差程度のオーダーになる、という考え方が、なんか科学的でいいと思います。オーダーの考え方がですね。


実験というのは、自然現象をある程度単純化・均一化した条件の下に持ってきて行うわけですが、それでもどうしても不確定で予想できない要素があるわけですよね。今の例だと、どの程度安息香酸がエーテル層に残るか、とか。
そのような不確定な要素に対して、ある程度合理的にモデルを立て、予測し、誤差・不確かさを抑える工夫をする・また、ある程度それらを定量的に評価する、というのが萌えます。「わからないなりに合理的に考える」という点に。
わからないなりに合理的に考える、というこれは、科学の本質に近いんじゃないでしょうか。
まあ、今↑大きく出過ぎましたけど。
こういう実験のノウハウ的なものは、経験の蓄積なんでしょうね。




と、ほめといてあれですが、このような実験Tips的なものって、多分明確に分析の対象とされるというよりは、「こうするとよい」くらいの感じで本の注釈のような形で細々と伝わってきたものではないかと想像するので、案外間違いもあるんじゃないかなあ、と思うのですよね。
「『ゆっくりかき混ぜる』と教科書に書いてあったからそう信じてみんなやってきたけど、実は速くかき混ぜた方がよかった!」とか。


実験に伴う諸注意は、科学のように合理的だけど、科学のように間違ってるかもしれないということですね。


強引にまとめて寝ます。