若い頃は木村弓『いつも何度でも』は「高い声で歌った歌だなぁ」くらいの感想(ひどい)で、全くよさがわからなかったのだが、最近になって聴いたら美しすぎてやばい。歌詞も詩としてすばらしいし。

繰り返すあやまちの そのたび ひとは
ただ青い空の 青さを知る

とか。


twitterに書こうかとも思ったけど、音楽のセンスに自信がなく、全然俗な歌を持ち上げてたら恥ずかしいのでこっちに書いてみた。
それに類することで最近恥をかいたのが、クリスチャン・ラッセンはいっぱしの画家だと思ってたら、実は、趣味の悪い俗な人々が好きな絵、一言で言うと通俗的な絵ということで有名だったという*1
まぁ誰かの前で恥をかかされたわけじゃなく、せいぜい「恥未遂」だけどね。


もう親から受け継いだ文化資本がしょぼすぎて恥ずかしい。まぁもう二十歳すぎたのだから親だけのせいにしてはいられないけれども。


ま、この趣味は高級だとか低俗だとか気にする根性が一番低俗なんだけど。

*1:ある程度アートを見る目がある人の間でそういう共通認識があるかもしれない、と素人の僕が判断しただけであり、ラッセン好きな方が悪く思われたのなら申し訳ないです

昨日はやや調子に乗りすぎたか。
と朝起きて思う。朝っていつもそうね。


口頭試問。
自分の前の受験者の人が30分くらいかかってびびる(僕のとは別のグループの研究室を志望する人はそこの教員がちゃんと「試問」するのかも)が、自分のは和やかに。
単位落とさないようにね、と言われて、ありがたくも、恥ずかしいやら情けないやら(その後、試験終了後偶然構内のコンビニの前で会って同様のことを言われた)。


しかし、まぁ率直に言って、だいたいの場面において、世の中の人は想定より優しいな。
去年辞退し、連絡も遅かった経緯から、「はっきり言って、君を合格させる気はないから」と冷たく言われる、という想定までしてあったのだが。


試験終了後は、観光で来たわけじゃなし、別に見るものもないか、と思って、図書館で勉強したりして適当に時間をつぶして帰る。
2日連続早起きできて、試験もできたし、モチベ上がったので、明日からがんばろう。

院試など

はーあ、疲れた。
まず朝7時に起きて夜までずっと活動っていうのがレアすぎるからね。
ただ、人間ってすごいなと思うのは(などというのは大げさすぎるかもしれないが)いつも10時過ぎて起きてんのに、寝坊したらアウトというこの大事な局面でワンチャンつかまえてキッチリ起きてくるっていうのがね。まぁ社会生活をちゃんとこなしてる人はもっと厳しい条件も難なくクリアできるんだろうけど。
しかし、さっき括弧内で留保つけたけど、やっぱ比類ないことだと思う。
それはさておき毎朝起きるべきだな。

というわけで院試でした。
しかし去年受かって留年で辞退した試験をまた受けるってモチベーションがなすぎてヤバかった。しかも、去年「こんなん簡単すぎやろ」と思ったからなおさら。
しかし、一昨日くらいにようやく重い腰を上げて去年の問題や過去問見たら、「簡単すぎ」ってのは言い過ぎだろって感じでマジビビった。まず、10個程度の分野の問題から3つを選択して解答せよっていう試験に対して3つの分野の用意しかしないとか危なすぎワロール。
あと、去年は、僕にしては準備をちゃんとして万全の状態で挑んだイメージでいたけど、去年準備のために読んだ本を見たら、ここまではやったぞ、と自信持っていた箇所は第一章のほんの最初だけで、やっぱ別に全然準備できてなかったことがわかった。
たぶん、この認知の歪みは、あんま準備しなかったのに試験の出来がよかったから調子に乗ったのだろう。まぁ僕の人生ですねっていう。留年2回(去年の時点で)してたのに人間的成長が見られなすぎてヤバい。

まぁさておき、そういうことを踏まえて、今日の試験は、「全部解けなくても大丈夫、3問中2問ちゃんと解けば受かるぞ」と思って臨んだのだった。
さて始まってみると、なんか難化してるっぽい。まず1番線形代数が、去年も含めて例年何も考えないで解ける問題が来るのに、今年は(僕が不勉強なだけだろうが)少し考える必要があった*1。しかし、3時間のうち最初の50分ほどかけて半分以上解いて残りの方針も立ったのがよかった。まぁ難しくはないとは言え焦ると解けないパターンのやつなので、落ち着けてよかった。
問題8オートマトン理論へ。
まぁ普通に解ける。
ただ、「ゴールするとその時点でゲーム終了」という点は見逃しがちなので注意。やっぱオートマトンはおもろいからちゃんと勉強しよう。
問題4数理論理学へ。ⅠとⅡの選択だが、Ⅰがよく読むのもめんどいほど大変そう(ただ、経験から言ってこういうめんどそうな問題は見た目だけでじっくり取り組めば実際には簡単だと思う)だが、よく見るとⅡが、such a basic proof that we have already "known"だったので、それをただ書いてすぐ終わり(というのは少しかっこつけすぎで、(3)は少し考えた)。

ところで、僕は今までは、数学のテストなどは「ど馬鹿でも分かるように書く」がモットーで、ギャップがほとんどないどころか何をどう使ったのか一目瞭然、という答案を書こうと心がけていたのだが、この問題に関しては、相手が数学のこと分かってるつもりで書いた。このことは、成長した、と言ってもいいと思う。数学的に、
というより数学的人間として?

1時間残っていたので問題1に戻って30分かけて解く。スペースが非常に足りなくなり、最後ほぼ採点者からは論理展開が不明であり、かつ変数の値によって3つに場合分けするというめんどい問題で、またかなり煩雑な方法で解いてしまったのでかなり答えは怪しいのだが、一応残りの時間の見直しと試験後の検討によればおそらく合っていると思う。
ということでまぁペーパーテストの成績は問題ないと思う。
まぁ明日の口頭試問もあるんだけれども。まぁ去年みたいな形だったら、方針としてはあまり卑屈にならず、基本的に本当のことを述べつつかつ将来に希望を持たせる(自分にも相手にも)感じで。
もし去年とは大きく変えてきて、ガチ学問的試問だったら…
その時は今更じたばたしてもしょうがないw
まぁいずれにせよ気楽に考えてます。

追記
今年の問題は、プログラミングは知らんが、離散数学・数理論理学Ⅰは、information-oriented studentには、やや難しかったのではないか。math-or-logic-oriented student向け問題と比べると。
まぁ何が言いたいかって。ラッキー、ということくらいだけど。

*1:しかしあとで冷静になると、確かに例年の問題よりは難しいが別に手が止まる局面はない問題だった

少なくとも日本では政治に関しては、それが「正義」という概念と何らかのつながりを持つとはほとんど考えられていないので、オリンピックがこうして例えば誤審問題や無気力試合問題を通じて*1人々に哲学的と呼びうるような問題を考える機会を与えているのは実に驚くべきことであり、いかにオリンピックがべらぼうなイベントかがわかる。
他にこのようなイベントはない…と言おうとしたが、まぁサッカーのワールドカップなどもあるか。しかしやはりここまでの規模のものはまれだ。
ということで無気力試合問題について今ちょっと考えている。

*1:と、今であれば誰にでも通じるだろうと思ってこのように書いても、例えば4年後に読むとどの「問題」なのか忘れているものだ

読んだ本*1
ディクスン・カー(井上一夫訳)『皇帝のかぎ煙草入れ』創元推理文庫、1961年
ほとんどネタバレはしない。




メインのトリックは、まぁ騙されたのでわりと面白いと思った。が、江戸川乱歩が絶賛したというけど、そこまでじゃない。
が、全体的に古臭く(特に貞操観念に関する諸々、これは話全体の筋とも密接に絡んでいるので)、今これを是非読めと人に薦めるかというと、別に薦めない。

*1:実際に読んだのは5月7日